あっという間・・・本当に    ~母のこと~其の二

今日から8月ですね。
今年も残すところ5ヶ月。とか思うとギョエーッッΣ( ̄□ ̄|||)って感じ(笑)

さて、昨日の続きです。

母が亡くなり、正直あまり頭が働かない中、病院でこの後の段取りの説明がありました。
死亡通知のことやら費用の精算のこととか。
そして驚いたのが直ぐに(一時間くらいで)葬儀社を手配してご遺体の移動をしてほしいと言われたことでした。

幸い知っている葬儀社さんがおりましたので夜の11時過ぎていましたが連絡をとることが出来ました。
全く心当たりもなかったらと思うとゾッ😨します。
只でさえパニック状態なのに知らない業者さんの中から選ぶなんて出来なかったと思うのです。

それから、本来なら母をこの後葬儀場に運んでいただいて(家にはスペースが無くて連れて帰れないので)、その後お通夜・告別式の流れなのですが、葬儀場が1週間ぐらい満杯で連れていけなかったので、別の霊安室の施設に入ることになってしまいました。

そこでもまた一人で居なければならない母のことを思うと申し訳なく悲しくなりました。

それからの1週間は仕事を休んで、色々な手続きに走り回って、あっという間にお通夜と告別式の日になりました。

コロナ禍で親戚を呼ぶことも控えて、静かなお葬式になりました。
賑やかなことが好きだった母なので大勢で見送ってあげたかったです。

祭壇に飾っていただいたお花は母が好きだった暖色のお花で、明るいイメージにしていただきました。

そこから半年以上。色々な手続きが まだ? あるのかと思ってしまうくらいあり、この頃ようやく一段落かなというところです。

この時の私は、ちょっと前から思うように動けなくなった母の代わりに銀行に行ってあげるなど動いてあげていて、金銭的な物の把握を保険とかも含め全て把握させてもらっていたので、半年以上掛かったと言っても、とてもスムーズに手続きが進んだと思います。
銀行の方のご自身の体験談で、把握できていないと、それを調べるだけでも半年以上。全ての手続きに1年以上かかることもあると仰っていました。

大概において両親ともに把握している家は少ないと思うので知っている方がきちんと伝えないで先に亡くなってしまうと大変。
うちの場合は父が全く把握していない、する気がない方だったので私が知っていて良かったです。
少なくともどこの銀行を使っているかは把握しておかないと大変です。

最近は終活やエンディングノートを書くことなどが盛んに言われていますが、それらを考えた人たちも、体験から大変さを軽減できるように一緒受け延命考えてくれたのではないかと思います。

あとは自分一人でやろうとしない。
私の場合、姉やパートナーがいて本当に助かります。
分からないことは気負わずに何でも聞く。
みんな丁寧に教えてくれました。

職場の人たちが みんな経験することなんだから気にしないで と手続きで休まなければいけない時も快く休ませてくれたことに感謝です。
(普段も休みをスムーズにとらせていただけるので有難い職場です)

最初のうちは母のものを整理しているだけで泣けてきてしまい作業が中断するので大変でした^^;
春が来て桜が咲いたら、母と見たかったと泣き( ノД`)シクシク…。
藤の花に紫陽花。

テレビで見たことを母に言いたいなぁとか。

ほんとに直ぐにうるうると泣けてきてしまって。

母との関係は一般的にもそんなもんだろうと思いますが、好きなところもあるし嫌なところももちろんあったしで。
でもね。
死んじゃうとさ。
よくさあ、良いところばっかり。良かったことばっかり思い出すって言うじゃない?
ほんとにそんな感じで嫌になっちゃったよwww

そしてあっという間に夏が来て初盆(東京のお盆なので7月)を迎え、もう8月。

次は一周忌だけれど、コロナが少しは落ち着いて親戚も含めて法要を執り行うことが出来るかしら。

今は実家の母のものやら多すぎるいらないものを、せっせと片付けています。
学校給食のパートも続けていて忙しいですが、今は子供たちと一緒に夏休み期間ですので平日もせっせと。

お盆も無事に行うことが出来たし、実家の片付けも結構終わってきている。
ハルカノの品物をまた作れていないので、そろそろ落ち着いてせっせと作らないとと思っています.

ここに書くまで、中々気持ちに区切りがつけれずにいました。
普通ならまだ亡くなる様な齢でも無かったのでよけいかな。
でも、やっと書くことが出来ました。
それでも思い出してしまって、泣きながら書いていたけど。

これからも
ああすれば良かった  こうすれば良かった  母とこんなこともしたかった あんなことも話したかった

と 思うだろうけれど、ここに書くことで一区切りつけれたかなと感じています。

暗い話で申し訳ありません。お付き合いありがとうございました。

あっという間・・・本当に    ~母のこと~其の一

今日で7月も終わりです。
年が明けたと思ったらギラギラに暑い(;^_^A
毎日、オリンピックの観戦が楽しみな日々です。

今年は年明け早々、大変でした。
やっと色々落ち着いてきたので書く気になりました。

実は1月の半ばに母が亡くなりました。
誤嚥性の肺炎で悪化してしまい、入院してから一週間。
あっという間に旅立って行ってしまいました。

まさしく世の中はコロナで大変で、面会して見舞うことも叶いませんでした。

やっと顔を見れた時はもう脈が弱ってきていて無理だろうと言われ最後に面会を許可された時でした。

幸い母はまだ意識があり、まだ私の問いかけにうなずくことが出来ていました。

 

・・・・ちょっと泣けてしまったので中断・・・

 

すみません。

母は苦労人だったと思います。
お気楽な面も多数有ったのでwww、全体的には楽しい人生だったろうとは思います。

ベットの上の母に、
「あれもこれも心配いらない。」
「あの件はきちんとやったよ」
「この夏はみんなで出かけるんだからね」「ちゃんと治して退院してみんなで出掛けるでしょ?」

と言うと 母は にっと口角を上げて ”もちろん 当り前じゃない”
という表情をして見せてくれました。

とても安心した様子で うとうと し始めた母。
私はなんだかすっかり安心してしまい、もう最後の面会で今日中にあぶないと言われていたけれど、母が再び寝入ってしまったのを見届け、帰宅することにしました。

それから、3~4時間後(パニックでよく覚えていない)に病院から連絡があり
最後に間に合わない可能性が高い(これは肺炎の特徴なのか、入院した時点でも念を押されていました)が直ぐに来れますかと連絡が入りました。
急いで家族に連絡して、取り合えず一人で飛び出しました。
夜、10時を過ぎていたかと思います。

病院までは自転車で5分程で行ける距離だったのでメッチャ飛ばしてかつ安全に急がば回れだからと自分に言い聞かせて駆け付けました。

間に合いませんでした。

私は帰宅したことを激しく後悔し、その場で泣き崩れてしまいました。
最初に母にかけた言葉は

「ぉ お母さぁん ゴメン  ゴメンー 」でした。
もうワーワー子供の様に泣きました。

一人で旅立たせてしまった後悔と、もっと色々してあげれた筈なのにしなかったことに涙が止まらなくなりました。

それからは家族がみんな駆け付け、みんなで母にありがとうとお別れをしました。

そして、やっと涙が収まってきた10数分後には色々な手続きとお葬式の手配やらの話を聞いたりと目まぐるしく時間が過ぎていき、日々が過ぎていきます。

ちょっと泣きながら書いているので( ;∀;)疲れちゃった。
続きは次回で。

ガーベラって気分が明るくなって大好き(⋈◍>◡<◍)。✧♡

久しぶりにお花を飾りました🌼
ガーベラの鮮やかな色が部屋を明るくしてくれます♡
ちょっと首をもたげてしまったお花も花だけ切って、ガラスの器に飾るとまだまだ楽しめますし涼しげで好きです。

すっかり夏本番ですね。
とても暑いので気を付けて過ごしたいと思います。
皆さんも熱中症に気を付けてお過ごし下さい。

マッサージ機が我が家に来て嬉しい♥️

我が家にFrancfrancで売っていたリラブーがやって来ました。 手と足の両方に使えるマッサージ機です。 以前、お店の体験コーナーでお試ししてずっと欲しかったんだー🎵 相方がメルカリで購入。 マジ気持ちいい♥️ヤバし。
これで疲れを癒して、ハルカノの生産性が上がるかな?(;゜0゜) 腱鞘炎の予防に良さそうです(*^^*)


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4/17 題名のない音楽会 改めて音楽って楽しい♪

昨日の題名のない音楽会、観ましたか?
小曽根  真さんと藤田  真央さんの共演です。

コロナの影響で合奏やアンサンブルが多く制限されていることと思います。

そんな中、昨日の放送を観て聴いて感動しました。
なんて楽しいんだろうと。

二人の楽しいという気持ちが
指先から花びらが舞うように音が溢れてきて°˖✧〃˖❁°*˖✧◜✧˖°˖✧❁

誰かと演奏する楽しみを
分かち合うということを

音楽ってやっぱり素晴らしいものだなと感じました。

今現在、ハルカノとしての手芸の仕事のほか、学校給食でパートのお仕事もしているので、コロナで子供たちに影響を及ぼすことを鑑みて吹奏楽の楽団で吹くことをお休みしています。

コロナの終息を早く願いたいところですが、なかなか難しい状況。
それでも万全の対策の元、早くみんなと合奏したいです。